まさひと君を救う会

 お陰さまで募金目標金額を達成することが出来ました。 カナダでの心臓移植手術も成功する事が出来ました。 これまでご支援を頂いた数多くの方に感謝を申し上げます。 皆さま本当にありがとうございました。

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【6月10日帰国して4ヶ月経ちました】

 037
 

ご協力頂いた皆様方 へ
 
昨年11月7日(カナダ トロント時間 19時 )に皆様のお力添えのお陰で
無事に心臓移植に成功しました鈴木 大仁の父親でございます。
ご報告が遅れました事を謹んでお詫び申し上げます。
 
皆様には、本当に色々と温かい励ましを頂き
又、ご支援 ・ ご協力を頂きまして本当に感謝の気持ちでいっぱいでございます。
心よりお礼を申し上げます。
 
今年の2月11日に帰国してから早いもので4カ月が経過しました。
帰国後は、すぐに検査入院があったため
自宅に戻ってきたのが3月1日となりました。
 
退院後、私達家族は自分達なりに一生懸命頑張っておりますが
なかなか思い通りには進んでくれないものです。
体力のリハビリはSickKids (トロント病院)で頂いたプログラムを参考にして行っております。
言語リハビリについては、日常会話を中心に毎日少しずつですが頑張っております。
 
中学校へ復学した時は、
クラス替えした時から1年間新しい友達と上手くやっていけるのかが不安があった様です。
又、1年間のブランクは学習面では厳しいものがあります。
それでも大仁なりに少しでも追いつきたいと一生懸命頑張っております。
ですが今は、勉強よりも体力面を一刻も早く人並みのレベルまで戻ってほしい事を切に願っております。
基礎体力をしっかりと作って欲しいと思っております。
 
そんな大仁が毎日のリハビリの成果で5月15日(土)には、
中学校の体育祭に参加する事が出来ました。
体育祭の一週間前あたりから毎日朝連がありました。
体育祭に参加したいと目標があった為、毎朝7時前には学校に行っておりました。
帰国後、大仁には充実した日々が続いたと思います。
競技は、走る競技(リレー)には参加できませんでしたが(本人としては、本当は一番やりたかった競技です。)
全ての種目に参加出来ました。
本人にとってはとても嬉しく充実した時間だったと思います。
その夜、大仁は  「とても疲れたけど、楽しかったし、嬉しかった。」といっておりました。
私達も、大仁が久々に 生き生き とした姿が見れた事で少しだけホットしました。
自分達が選んだ道は間違っていなかった事と改めて実感しました。
 
先月5月21日から女子医大に検査入院しておりました。
26日にカテーテルがありましたが、無事に終える事が出来ました。
カテーテル時間の当初の予定時間から大幅な遅れ(3時間以上)でようやくカテーテル室へ移動していきました。
前回までは、足の付け根から管を通して行っておりました。
全身麻酔をする事になります。
検査を終えてから麻酔が切れてしまうと、その痛みと寝違いとの痛みが同時におそってくる事で
痛みが倍増されてしまい本には勿論ですが、私達や周りの人達までにも迷惑を掛けてしまいます。
そのような事を踏まえて、
今回は、先生にお願いしておりました。
体調も良かったのもあって日本に帰国してから初めて首からカテーテルを行いました。
その結果、痛みも足よりもなく思ったよりも早く回復もしました。
お陰様で、私達が思ったよりも早く28日には退院となりました。
 
今後の予定は、
来月の6月18日にMRI検査があります。(SickKids 病院側からの依頼で、移植してから半年後に実施して下さいとの事なので。)
6月29日に外来検診があります(カテーテル検査の結果とMRI検査の結果がわかります。)
その結果次第では、次回のカテーテル検査は今まで通りの2~3カ月後に実施。場合によっては、半年後に実施OKという事になります。
 
今後も定期的に検査がありますが、検査結果が良好にする為には
日頃の生活習慣が大切な為、これからも家族全員で力を合わせていきたいと思います。
本人の “やる気” が何よりも大切だと改めて痛感しております。
 
これからも定期的に皆様には報告させて頂く所存でございますので
宜しくお願い申し上げます。

2010年6 月10日 (木) | 個別ページ | コメント (0)

【2月16日救う会代表コメント】

私の親友の京子さん(まさひと君のおばあ様)より、平成21年5月初めに、お孫さんであるまさひ
と君が重い心臓疾患であることをお聞きしました。そして、心臓移植の必要性があることを初めてお聞
きし、驚いて傾聴した次第です。
初夏の7月初めに、まさひと君は、東京女子医科大学に緊急搬送されました。状況は、緊急を要する余命
3カ月という医師の診断でした。
7月中旬の深夜に、京子さんより、お電話をいただき、心臓移植が現実になった事、その為に募金をして
集めなければならず、とても個人のお金では移植ができない高額である事をお聞きいたしました。そし
て、そのために、救う会を立ち上げなくてはならない事、代表者を立てて、日本移植協会のご支援を頂
きながら募金活動をするという事を聞きました。会の代表をお願いされ、自分の迷いや躊躇する気持ち
以上に、事の緊迫した状況と重大性に感ずるがまま、お父様の恵一さんと、京子さんと3人で、初めて、
日本移植支援協会を訪問いたしました。まずは、会の発足を関係各所に公表するところから始まりまし
た。

 一週間で、なるべく経費のかからない事務所の立ち上げ、支援メンバーの協力者を集め、事務所で活
動をするための設備など、配布するビラ、募金箱の作成、募金で使用するのぼりづくり、記者会見の準
備などをやらなくてはなりませんでした。
まず、その為に、恵一さん、京子さんと、日本移植支援協会の高橋さんとともに、地元いわきで、第一
回目の救う会の会発足の集まりがありました。集まった仲間は、ご家族以外の15人。深夜まで会の話
し合いは続きました。初めは、会の誰もが、何をすれば良いのかもわからず、戸惑いがありました。
私自身も、巨額の募金活動をどうしたらいいのだろうか。集まって頂いた方々が、みんな賛同してくれ
るのだろうか。という思いと不安がありました。
しかし、その時集まってくれた15人(後に2人増えたため、計17人)の内、すべての人が立ち上がり、熱
い意志を持って一致団結しました。まさひと君を救う会が結成されたその日は、7月25日でした。
一期一会の仲間が力を一つにして動きだしました。
 
 記者会見当日7月29日には、東京女子医大の中西教授、学校の校長先生や担任の先生、まさひと君の同
級生のみなさん、地元の有志者の皆様がお忙しい中を、まさひと君を救うために集まって下さり、いわ
き市役所の場を快く提供させていただき、また、たくさんの報道の皆様が集まって下さり、募金活動に
多大な活力を与えて下さいました。
 市役所の前で、お父様の、心の願いの張り裂けんばかりの声から、募金活動が始まりました。奇跡の
心臓移植を目標に、大金が集まるのかという不安を胸に、会の活動がスタートいたしました。
 その間、東京では、まさひと君の命の過酷な戦いがありました。けれど、まさひと君とご家族は、懸命に
生きる希望を持ち続けて、信じて生きていこうと、葛藤しながらも支えあっておられました。
 
 募金をして頂いた多くの皆様が、まさひと君の事を、自分の事、家族の事として、考え受け止めてく
ださったと思います。心のこもった浄財金を頂いて、カナダに渡航することができ、移植手術を受ける
ことができました。
 
 先日の2月11日木曜日、まさひと君は、自分の足で、日本に帰国いたしました。
この日を迎えられたご本人と、ご家族のお喜び、そして、支援をしてくださった方々への感謝のお気持
ちは、はかり知れません。本当にありがとうの一言では言い表せぬほどの気持ちでいっぱいです。

 
 救う会全員から、まさひと君にご支援を頂いたすべての方に、厚く厚く感謝を申し上げます。
奇跡が現実となり、すべての方の願いが、結びついた証です。

 そして、これからもずっと感謝の気持ちを、そして、大切なもう一つの命の存在を決して忘れてはな
らないことがあります。それは、カナダにて、ドナーとなってくださった方、そして、ドナーのご家族
の方への深い追悼の意と、提供して下さったその感謝です。
その方へのご冥福を日本より、お祈りさせていただきます。
 
 
 救う会の活動におきましては、皆様のご理解とご協力により、活動できましたことをこの場をお借り
いたしまして、お礼の言葉とさせていただきます。誠にありがとうごさいました。

 今後も、少なくとも5年間の会の継続と、まさひと君の寄り添う支援をさせていただく予定です。
どうぞよろしくお願いいたします。

 また、日本の臓器移植の普及活動にもご理解を頂ければ幸いです。
今後も、身近に移植問題を考えて参りたいと考えております。
移植医療は、新しい制度改正で、平成22年7月、日本での15歳以下の移植もできるようになり、転
換期となります。
生死を考えなくてはならないその現状の時に募金をし、行ったこともない外国で、行くだけでも精神的
身体的社会的に、辛い辛いことなのです。日本での移植医療が、もっともっと発展していってほしいと
思わずにはいられません。

  平成22年2月15日       
                                     まさひと君を救う会 代表 滝島 恵津子

2010年2 月16日 (火) | 個別ページ | コメント (3)

【2月15日帰国出来た両親のコメント】

皆様のお陰で昨年11月7日に移植が無事に成功し、晴れて今年2月11日(木)に日本に帰国する事ができました。
皆様には本当に感謝の気持ちでいっぱいで御座います。
本当にありがとうございました。
これまでの大仁の病気経緯を簡単では御座いますが、説明させていただきます。
 
 今回、大仁がこの様な病魔に襲われてしまってからの展開があまりにも早すぎました。
2008年4月に、拡張型心筋症という難病特定疾患の病気と診断された時は、
本当に信じられませんでした。
どうして、昨日まで元気に陸上部で走っていた大仁が。
親として、何もしてあげられない事が一番悔しくて、悔しくて
自分が情けない、申し訳ない。
という気持しか初めは思えませんでした。
出来る事なら変わってあげたらと何度も思いました。
 
 でも、大仁の ”生きたい” という気持が溢れるくらいに伝わってきて
私達も、絶対に ”この子は死なすわけにはいかない” という決意が固まりました。
 
 それからは、毎日が家族全員での病気との死闘がはじまりました。
地元のいわき市では、受け入れ病院が無い為、
車で2時間(往復4時間)の郡山総合南東北病院にお世話になりました。
4月から7月7日まで毎週、土曜日・日曜日、私達は大仁に会いに通いました。
正直大変でした。
大仁が好きなご飯を作り、出来るだけたくさん食べて少しでも栄養を取ってもらいたいと思いました。
しかし、内科的薬での治療が困難になってしまい、
先生に移植をしないと駄目かもしれません。
と、言われました。
正直、移植という言葉は何度も聞いてましたが、実際に自分の息子が
移植という事になるとは、想像もつきませんでした。
ただ、私達にはゆっくりと考えている間もなく、
息子は、ドクターヘリにて東京女子医大に緊急搬送となりました。
私達も直ぐに、近くの駅から新幹線で追いかけました。
東京女子医大にも到着してからも、すぐに先生に
補助人工心臓装置の話がありました。
このままの状態が続くようでは、補助人工心臓装置を取り付けなければならないと言われました。
日本の補助人工心臓は、SickKids に比較しベルリンハート(補助人工心臓)、循環装置も日本のものが大きいです。
 
 実際に見た大仁は、”絶対、こんな機械は付けたくない。絶対、ヤダ”と
言っておりました。
それは、だれでも付けたくはありません。
私達も生身の体に機械をつけるなんて想像もしてませんので。
 
 そこからの大仁の頑張りは目を見張るものがありました。
機械を付けたくない。という決意が伝わっていました。
毎日のリハビリ、食事をしっかりと食べる。
毎日の積み重ねが、実を結んだのか
カナダ(トロント)渡航近くになった頃には、
4桁まで(約1800)あったものが最終的には2桁(約80)にまで
数値が下がったので先生方をはじめ、看護師さん達もみんな驚いていました。
 
”移植をしなくては、大仁の今後の人生はもう無い。”
この言葉を説明するときは、どう説明していいのかわかりません。
というより、言えなかったです。
ですが、息子をどうしても助けたいという思いから
大仁には、嘘は言わずに本当の事を言い聞かせました。
最初は、事実を受け入れる事が出来るわけはなく、
 
”どうして。なんで俺が。どうして、悔しいよ” と泣き叫んでいました。
ただ、大仁も  ”普通の生活がしたい”  ただそれだけでいい。
と必死にその後も、病気に立ち向かっていきました。
最後まで病気と向き合っていましたが、
やはり、心臓移植をしなければ余命3カ月と宣告されました。
この言葉をきいても、私達は信じられません。
絶対に信じたくないと思いました。
 
 ですが、毎日のように今後の事について
先生方からの説明等を聞かされているうちに、
やはり現実からは逃れられないものなのかと思いました。
悔しい気持しかありませんでした。
 
 東京女子医大に転院して約2カ月弱あまりの間に
2009年7月25日に救う会を発足して頂き、全国の皆様に募金のお願いをスタートしました。
皆様の本当に温かいご協力とご支援のお陰で、2009年9月18日には
お陰様で目標金額を達成する事が出来ました。
募金をして頂いた全国の皆様、トロント在住の皆様、多くのボランティアの皆様、救う会の皆様に
本当に感謝の気持ちでいっぱいでございます。
ありがとうございました。
 
 又、東京女子医大 様、 郡山総合南東北病院 様 の迅速、冷静な判断のもとスムーズに移植に向けて出発できました事は奇跡です。
本当にありがとうございました。
 
トロントに到着後、
少し安心してしまったようで、日本にいた時の様な頑張りが無くなってました。
私達は、大仁に厳しく叱りしました。
”何のために此処まで来たのか。”
”大仁は生きたいのか、それとも死にたいのか。”
”やる気がないのなら、日本で募金をしていただいた皆様に申し訳ないから、帰るぞ!!”
という様な厳しい内容にも取れるかもしれませんが
私達は、日本代表としてきたわけだし皆さんの温かい募金での移植手術を成功させる為に、
カナダ(トロント)までやってきました。
生半可な気持ちではいない事を約束しました。
ようやく目が覚めたのか、
そこからが、こちらでの病気との最初のたたかいとなりました。
 
 カナダに行ってからの毎日が、
日本以上に忙しく、厳しく、時間が早く過ぎてしまう感覚でした。
想像以上の出来事がほぼ、毎日の様にあり、本当に驚くことばかりでした。
 
 自分たちの食べるもの、寝泊まりする所など、はじめは全然わからずにいてどうしようか。
戸惑う毎日でした。
 
 そんな時に、トロント在住の日本人の方々が協力して下さいました。
住居を探して頂いたり、携帯電話の契約、銀行口座を作るのに一緒に行って頂いたり、
買い物に車に乗せて頂いたり、気軽にお声を掛けていただいて本当にありがとうございました。
私達は、海外に行くのも今回が初めてでした。
ですので、正直不安だけしかありませんでした。
その時に、皆様に温かく迎えて下さった時には、本当に純粋に嬉しく思いました。
徐々にですが生活に慣れ始めた頃に、大仁の容態が少しずつ変化してました。

 ドナー登録、水分摂取制限、塩分制限の食事、入院中は、はぼ毎日リハビリ
私達にとって何もかもが、驚きと緊張とが毎日のように続きました。
      
 私は、日本と海外との医療技術もそうですが、術後のリハビリの内容も格段に違うの事を
改めて痛感しております。
 
 大仁の体力面については、順調に回復の兆しが見られ 私達も安心しております。
但し、補助人工心臓(ベルリンハート) をつけた事で
脳に血栓が飛んでしまった事が原因で、脳の機能的障害が出てしまいました。
 
 移植前には、自分の名前 、私達の区別さえ出来ないような状態になりました。
頭の中では理解しているのに、思うように言葉にして伝えられないもどかしさ、
悔しさが交錯して毎日の様に泣き叫んでいました。
 
 この事で、 ”こころにダメージ”  を負ってしまいました。
”自分がすべて悪い。みんなに魅惑を掛けてしまった。申し訳ない。機械を付けないで移植をする事が出来ずに申し訳ない。”
という言葉で自分を追い込んでしまいました。
 
 皆様にわかって頂きたいのは、
大仁は、精神病ではありません。
ただ、ダメージを受けてしまっているだけです。
皆様、何卒ご理解頂ければと思います。
 
 正直、私達もどうしていいものか不安になってしまいました。
このままの状態(言語障害のまま)で帰国になってしまうのか。
子を持つ親としては誰でも気がかりでなりませんでした。
 
 そこで先生方は私達に2つの選択肢を提案しました。
A : 移植リストから外して脳の治療に専念をする方法
B : 移植リストは外さないで、現状の治療(脳の状況を見ながら)を行う。
 
 上記の A を選択した際には、確かに脳の治療を優先して行う事が出来ますが
一度登録リストから外れると再度、リストに登録されるだけで最低2週間以上は掛かります。
 
 確かに、脳の出血の心配もあってどうしたらいいものか、大仁にとってどちらがいい方法なのかが分かりませんでした。
ただ私達は、移植をする為にカナダ(トロント)まで来たわけなので
最終的に、B(移植リストは外さないで、現状の治療(脳の状況を見ながら)を行う。 を選択しました。
きっと大仁も、”早く移植を終えて、一日でも早く日本に戻りたい”という思いから決断しました。
 
 決断してから3日目の朝に、病院から ”ドナーの方が見つかりました。直ぐに来てください。”
との連絡が入りました。
私達は、初め状況を理解する事が出来ずにいました。
でもこの時、”私は自分たちの選んだ道は正しかった”
と自信を持っていいんだと思いました。
 
 現在、脳のリハビリを懸命に頑張っております。
少しずつではありますが、
日常会話をある程度までは話す事が出来るようになりました。
但し、集中する時間が30分が限界です。
この為、治療内容は基礎的なもの(自分の名前を書く、簡単なゲーム トランプ・パズル等)から
徐々に段階を踏んで治療しています。
 
 SickKids病院にて週1回~2回
トロントにて週1回のペースで、言語セラピストさんによる療法を受けておりました。
2010年2月現在、
大仁の体調は勿論、言葉の方も確実に回復の兆しが見えてきておりますが、
焦らずに治療に専念していきたいと思います。
 
 帰国後は、東京女子医大で検査入院します。
術後の経過と、薬を日本の物に変更することで時間が掛かると思われます。血中濃度も同時に検査して
クリアした時点で自宅に帰れる事になると思います。
入院期間は2週間からの予定となりそうです。

 最後に、大仁の為に
ドナーになられた方、ご家族の方々の思いを胸に、日本で頑張ります。
大仁はこの先まだまだあらゆる困難があるとは思いますが
乗り越えてけるパワーを頂きましたので、大丈夫です。

 大仁に、移植手術の機会を与えていただいた全国の皆様の善意、本当にありがとうございました。
感謝の気持ちで一杯で御座います。
本当にありがとうございました。
本当に感謝の気持ち、”ありがとう”の言葉をこれからも私達は一生忘れずに生きたいと思います。
 
ありがとうございました。

2010年2 月15日 (月) | 個別ページ | コメント (1)

【2月11日(木) 帰国しました】

2月11日(木) 17時過ぎに、成田空港の到着ロビーへ、しっかりと歩いて帰国いたしました。

本当にみなさまのお陰で、帰国する事が出来て本当にありがとうございました。

 Narita

2010年2 月13日 (土) | 個別ページ | コメント (3)

【2月11日(木) 帰国決定】

2月4日(現地時間)、トロント病院で受けたバイオプシーや

血圧検査で異常は無く、予定通り11日(木)に帰国することが決まりました。

帰国後は東京女子医大病院に検査入院致します。

今後の予定は決まり次第お知らせ致します。

2010年2 月 9日 (火) | 個別ページ | コメント (0)

【お陰様で2月11日(木)帰国予定】

2月4日(現地時間)の最終診断の結果で、異常がなければ

帰国との知らせを頂きました。

救う会では帰国予定を2月11日(木)に準備を進めております。

成田到着後は、東京女子医科大学病院に検査入院致します。

まさひと君は現在、トロント病院の近くのアパートに母親と暮らしながら

1日3時間程のリハビリに励み、最近ではルームランナー(室内ジョギング機)で

走れる程までに回復しているとの事です。

尚、帰国当日はドクターストップがかかり、記者会見は

後日とさせて頂きます事をご了承下さい。

2010年1 月24日 (日) | 個別ページ | コメント (2)

【11月7日 移植手術 無事成功!】

トロント時間、午後7時37分無事に移植成功しました。

現在、社会復帰に向けリハビリを頑張っております。

 
 012

2010年1 月 3日 (日) | 個別ページ | コメント (5)

【基金等からの寄付リスト】

基  金  名            金   額

日本移植支援協会    ¥2,000,000
あみちゃん基金            ¥565,293
さえちゃん基金          ¥2,000,000
みきちゃんを救う会   ¥30,000,000
絵里ちゃん基金         ¥1,000,000
はあとネット兵庫       ¥8,000,000
(財)東京メソニック     ¥2,000,000
はるかちゃんを救う会  ¥5,000,000
なおや君を救う会        ¥50,000
逸郎くんを救う会        ¥5,000,000

2010年1 月 3日 (日) | 個別ページ

【目標金額達成!】

皆様のご支援・ご協力ありがとうございました。
お陰様で目標金額達成いたしました!
募金活動は終了します。

募金総額   ¥115、419、435-

           【内訳】

     街頭: ¥13,296,162-

募金箱・持込:¥29,075,939-

    振込み:¥73,047,334-

2010年1 月 3日 (日) | 個別ページ

【募金目標金額と内訳】

■ 初期見積り
 デポジット  6,000万円(前期: 3,000万円、後期: 3,000万円)
 事務経費    300万円
 渡航費   600万円
 渡航予備費  1,000万円(ICUや病状悪化、治療状況が変化した場合)
 滞在費   600万円
 予備費   500万円
 総 額  9,000万円


(トロント小児病院からの追加医療費が確定せず、最終決算が出す事が出来ていません。 中間決算書は左枠の中間決算報告を参照願います。)

2009年8 月27日 (木) | 個別ページ

【募金額のお知らせ】

☆募金総額 約115,419,435円☆ (10/1現在)

【募金目標金額  9,000万円】

あたたかいご支援・ご協力ありがとうございました。
今後は、まさひと君の経過報告をホームページで行い御礼とさせて頂きます。

皆様のお陰で、11月7日(土)に心臓移植手術し、無事成功致しました。

1

2009年7 月31日 (金) | 個別ページ